今日2月11日は「建国記念の日」ということで休日。この旗日は、戦前にあった紀元節を実質的に復活させたものである。ではその「紀元節」。小学館の大百科辞典によると、
「明治政府によって定められた神武(じんむ)天皇即位日の祝日。・・・歴史的根拠があいまいな祝日を制定した意図は、天皇を中心とした国家支配の正当性を内外に誇示することにあり、・・・この日は国家主義や軍国主義の宣伝に大きな役割を果たした」。
ところで、古事記・日本書紀(両書を合わせて「記紀」という)に述べられる神話的な初代天皇「神武」は、ほとんど沖縄出身と云ってもよい存在であることは意外に知られていない。
記紀の記述によれば神武の母親の祖母(曽祖母)は、鹿児島の人である。祖父にあたる山幸彦(やまさちひこ)が、薩摩半島から特殊な船で1日かかる南の海底の国(海神宮)に行って、海神の娘豊玉姫を孕ませる。出来た男児がウガヤフキアエズで、神武の父。その父は豊玉姫の妹(すなわちオバ)と結婚し4男児を生む。末っ子がイワレヒコで後の神武天皇。
神武の祖母と母の国、薩摩半島の沖にある海神宮(龍宮)とはどこか。私のサイトである程度は述べてあるが、それは今日の考古学から云って沖縄(琉球)の他にあり得ない。すでに江戸時代の実証学者(藤井貞幹)はそのことを主張したが、当時はその証拠が明確でなかったために新井白石によって退けられた。
今日、奈良に初めての統一国家が成立した西暦250年前後(0~350年頃まで)の政権のシンボルは、青銅のカガミと共に沖縄を象徴するゴホウラと呼ばれる巻き貝の形であったことは、考古学の常識となりつつある。
神話がそのまま史実というわけではない。しかし、竜神であり、また海を支配するワニ(サメ)でもある豊玉姫姉妹が、沖縄ゆかりの存在であることは、学問的に完全に立証される時代になったことは間違いない。このことが一般に認められ日は遠くないであろう。
神武の母と祖母が神話的にはではあるが沖縄の海の女神であったという記紀の記述からすると、のちの日本という国の初代天皇のDNAの4分の3はウチナーンチュなのである。また残り4分の1の半分は鹿児島人であった。
しかしそのことは、奈良の政変によって覆い隠されて不明となったのであった。 2月11日は、このことを明らかにしていく日としな