2002 年 9 月 のアーカイブ

福井県いい感じーのスタート!

2002 年 9 月 30 日 月曜日

道の駅「河野」で目覚め。周りを見ると海が広がる最高の景色!サイコー!旅に出て日本海を見ているうちに自分の中にあった「日本海=荒波ドッパーン」というイメージはすでに払拭されたみたい。むしろ逆のイメージになりつつあるかも。

県庁へ行ってきた。カーナビで福井県庁を探すと、そこは堀に囲まれており、まるでお城みたい。それもそのはず、そこは福井城跡でもあり、堀は当時のものがそのまま残っているわけである。

観光課では女性の方が対応して下さいました。義江さん(「苗字です」と。)と菱井さんから観光アドバイスを受けているうち、どんどんパンフレットが増え、かなり沢山の情報が手に入りました。どもです!佐々木小次郎生誕地もありました。

観光情報のほか「ソースカツ丼」と「そば」の話でも盛り上がりやした。これまた濃いぃ情報ゲットです。義江さん曰く「(福井きたからには)食にゃ!」と。近日に両方とも制覇したいものだ。更に帰り際に元職員の矢田さんを紹介して頂きました。旅好きの方らしく現在は地元情報誌を手がけているらしい。義江さんがTELして下さり直接お話させて頂き、携帯番号交換。晩に再度TELすることに。

よし、今日のところは頂いた情報整理や他の作業に時間をあてることにしよう。県庁から北へ15キロほど行った道の駅「パークイン丹生ヶ丘」へ。遅れていた旅日記の他、作業に着手。一区切りつけた後、道の駅でおろしそばを食べたっす!うまかった!

晩に矢田さんへTEL。明日、会えることになりました。何やら「世界に向けて発信したい!」というネタあるようです。福井も楽しくなりそう!

画像————————————
1枚目:青島
2枚目:道の駅「河野」より
3枚目:福井県庁、義江さんと菱川さん
4枚目:福井県庁
5枚目:道の駅「パークイン丹生ヶ丘」より

さとるさんと合流!

2002 年 9 月 29 日 日曜日

牛若丸(源義経)が修行したと言われる鞍馬寺へ行ってきました。昼は学業。夜は鞍馬天狗(くらまてんぐ)に兵法と剣術を習う。五条大橋で弁慶を負かし平家を追討することになるが、実の兄、源頼朝に命を狙われ奥州衣川で世を去ったとされる。

実際に修行を行った場所とされる鞍馬山頂上(付近。かな?)では木の根道が広がっています。この足場の悪さも修行にはもってこいだったのかもしれません。

夕方には福井県に入る。福井には私が大阪にいたことろ知人がいたので早速合流!さとるさんは敦賀市内で古着屋の店主をされていて、同時に私と同じWEB製作もこなすヤリテ。ショップ閉店30分ほど前に到着。閉店までダベった後、行きつけの居酒屋へ。

「学生時代の同僚と会っていると気持ちがその頃に戻る」ように、さとるさんと会っている間も「その頃」に戻ることができる。あの頃ホンマ楽しかったわぁ。

ここで新事実!当時、仕事を終え20名近くで行ったカラオケボックスでかなり暴れて壁を壊してしまったんですが、実はその犯人はお互い「自分」と思っていたことが発覚!(爆笑)未だに謎である。お互い「時効を待とう」ということで合意。調印。

お酒が入ってくると徐々にテンションもあがってくる。上唇を内側に丸めて歯肉に挟み込み「あれ?長田さん。僕どっかに上唇忘れてきたみたいス」と携帯でどこかと連絡を取ろうとするさとるさん。この「キレ」は尊敬に値する。私的に「人間国宝」である。

そのさとるさんをデジカメに収めたかったのですが、あらら電池切れ。

画像————————————
1枚目:鞍馬寺
2枚目:鞍馬寺本殿
3枚目;牛若丸が背比べをした背比べ石
4枚目:牛若丸が修行したと言われる木の根道
5枚目:さとるさん。電池切れ直前の一枚!

徳元邸にてぬくぬく。

2002 年 9 月 28 日 土曜日

昨日行ってきた沖縄料理店「海と空」のマスターから紹介して頂いた徳元さんと合流。マスターにもらった地図を頼りに近くまで行き徳元さんにTEL。現在位置を報告しつつウロウロしていると、通り沿いの住宅の玄関口からこちらを見ている女性が。何かに気づいたようで、奥のだれかに声を掛ける。すると中からTELをもった男性が出てきた。徳元さんだ!

自宅から歩いてスグの居酒屋(すみません名前を忘れてしまいました。)でお互いの自己紹介。「初めましてナガタっす!カンパーイ!」

話によると奥様は大の沖縄好きらしく、年に1、2回は行っているらしい。この夏も行かれたそうだが「台風が来ており大変~!」だったみたいすね。

徳元さんの妹さんが関東地方にいらっしゃるので紹介して頂いた。関東地方は知り合いが少なかったのでこれはベリラッキーだ!

帰り際に店員さんにシャッターを押して頂こうとお店の方にお願いすると「私良く分からない」と、内線で奥の男性を呼出しカシャ!シャッター押すだけでわざわざ来て頂きありがとさんで。

さて、そのまま徳元邸に流れていって、おじゃまさせて頂きました。ほりごたつに入りながら今年の夏行われた「全島エイサー祭り」を見てたところで奥様。「最初はどんな人が来るか心配だったのー。風呂入っていないとかで汚いと困るでしょー?」と会う前の心中告白。「昼のうちに風呂入っておいてよかっただすー」とワシ(笑)

お酒を抜くため数時間だけ仮眠させて頂き、徳元邸を発つ。来年、京都にきたときにはよろしくです!

頂いた毛布。活用させて頂きやす!感謝!

画像————————————
1枚目:徳元さん家の近くの居酒屋にて
2枚目:徳元邸

アホになる

2002 年 9 月 28 日 土曜日

何らかの経験から「先入観」というものを持つ。

それはその先の結果を予測する上で大事なことかもしれないが、
同時に「進むべき道」を阻む大きな壁となることも。

大事をなす上で頭を白紙にできることはとても重要だと考えます。
先入観という壁を一瞬消すことで、重要な一歩を踏み出しやすくなるから。

ここでいう「先入観」は「偏見」の意味も含めるよ。

幕末から維新へ

2002 年 9 月 27 日 金曜日

二条城へ行ってきました。感激した。今まで見てきた数々の史跡の中でもその規模や数で最大といっていいのではないだろうか。

二の丸御殿「大広間一の間」は、15代将軍徳川慶喜が1867年10月13日(※)に諸大名を集め「大政奉還」を決意表明した場所である。約135年前のその瞬間、日本の歴史が大きく動いたわけである。すごい「力」が感じられます!

私はマンガでしか坂本龍馬を知らないくせに、かなりの「龍馬かぶれ」である。その坂本龍馬が暗殺されたといわれる「近江屋」の跡地へ行ってきた。しかし、その面影は全く無く石碑が立っているのみでした。

龍馬暗殺までの経緯を探ると、龍馬を斬った者は、まず客を装って龍馬の近まで寄ってきたとされている。龍馬はその直後に突然額を横にきられる。龍馬は背後にあった自分の刀を取ろうと振り向くが、そのときに背中をきられる。最後には頭上を縦にきられ倒れることになる。時間にするとほんの数分間の出来事だったのだろうか。しかし、これもある意味歴史が大きく動いた瞬間といえるのではないだろうか。「幕末」は最高に面白い!

晩は沖縄料理店「海と空」へ。久しぶりに「足てびち」を食べたよ!しかも激ウマ!京都にこられた際には是非お立ち寄りを!(075-322-4122)

明日は県人会の方と合流だぞ!

画像————————————
1枚目:二条城二の丸御殿
2枚目:本丸御殿
3枚目:坂本龍馬、中岡慎太郎遭難の地
4枚目:龍馬の眠る京都霊山護国神社
5枚目:坂本龍馬、中岡慎太郎の墓
6枚目:維新の道
7枚目:沖縄料理「海と空」
8枚目:オリジナルブランド「海と空」
9枚目:沖縄料理定番の「てびち(豚足)」