2003 年 7 月 のアーカイブ

”旅人”になったカズさんと再会

2003 年 7 月 31 日 木曜日

え?もうそんなに経った?7ヶ月振りにカズさんと再会。

去年の年末、愛媛県の佐多岬に居た頃、熊本出身の元旅人カズさんは同じく旅先で会ったえいしょうさんを連れて大分からチャリを船に乗せて会いに来てくれた。佐多岬近くのオートキャンプ場はかなり冷えてて、タイヘンだったが、そこでやった焼肉はめちゃめちゃうまかったのを記憶している。その後、カズさんはまた旅に出ることを決心し旅立つ。愛媛で会ってから7ヵ月、今度は北海道で再会することになった。

日中はPCを叩いたり、たまった洗濯をしたり。「たまった洗濯は一気に洗濯機で洗えるのになぁ、、」とたまった日記にため息。自業自得ダ←最近このコトバよく使うな。

”今日中に札幌入りで、明日、きよさんとこの会社へ顔を出してくる”
今日の予定は大雑把にこんな感じになる。

なぜひ”キヨさんとこの会社”?、、、実は先日、キヨさんとこの会社へ訪問した際、社長様からいくつか数社分のサイトを手がける話を頂戴していたのだイェイ!(”昆布漁”も未だ捨てがたい。チャンスがあればやりまっせ。マジで。)。鼻息を荒くして”8月には札幌に戻らねば”と言っていたのはそういう理由からだったのだ。しかし、ワシが8月と言っていたのは、自分の中の”キメ”で、特に会社では”1日”からと決めていなかった。ワシの得意技”とんだ勘違い”だったのだ!

それは”明日伺います”の電話を入れてみて「いや、来週でいいよ」と聞いて初めて気付いた←AHO

うーん。とくに今日札幌入りする必要も無くなった、、、どうしよう、、、お!それならばちょっと遠いが、、イッとくか!携帯をとり出す。

「もしもし!今どちらに?・・はい、明日でしたが、今からそちらへ向かいますー!はいー!」明日、日中、会社へ行った後、晩に会う予定をしていたカズさんと思い切って今晩会おうっ!と急遽予定変更!襟裳岬から西へ100キロの三石温泉へ向かう。

途中、目の前の車が何度も対向にはみ出す”超ヤバ居眠り運転”する様子ををヒヤヒヤしながら南下、なんとか無事三石町へ入る。

「コンビニで何か買ってきますか~」「では”ガリガリポテチ”をお願いします~」

”なんじゃそりゃ?”と思いつつコンビニで買い物。弁当を温めてもらい料金を支払おうとすると、、、ありゃ!?財布の中の”涼しさ”に気付く。

「待った!・・・」あわててキャンセル。OH、、、またやってもーた。

せめて暖めた弁当だけでもと支払おうと小銭を取り出すと、現在の所持金300円強。その金額にも満たない。(ToT)mガックリ。

あわててカズさんに電話、、「すいませ~ん。ヘルプです~」・・・

いったん三石温泉へ行った後、カズさんを乗せて再度コンビニへ。財布からスパッとでてきた福沢諭吉が男前に見えた。

晩はテントの中で酒を飲みながら旅の話で盛り上がる。中でも稚内のあの女性とのコトが、、、詳しくはカズさんのホームページ「ちょっとそこまで・・・」でドーゾ。(リンクコーナーにありやす)

しかし、やせた(-8Kg)ねぇカズさん

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1枚目:三石町へ向かう途中。夕焼けキレイ!
2枚目:カズさんのテントの中。撮影困難。。
3枚目:やっと撮影でけた。。

早口で理解不能!北海道のやんちゃ娘X2

2003 年 7 月 30 日 水曜日

神奈川でお会いしたぶんさんのお友達は北海道の出身。今回、タイミングよく神奈川から里帰りをすることになり、お会いすることができた。お友達のみゆきサンもあとから合流。メシをご馳走になり、めちゃ楽しい晩を過ごすことができたのだが、しかし、、二人とも強烈なキャラだったなぁ~

”近いうちそこへ行くから是非会ってみて!”

神奈川のぶんサンから紹介メールが入ってきたのは最北端へ到達する前、残念ながらタイミングが合わず、ワシは北上し宗谷岬へ到達したわけだが、札幌へ南下する途中でお会いすることができた。場所は以前に数日間滞在した道の駅「ハウスヤルビ奈井江」近くのホームセンターだ。、

「(^^はじめまして~」お母さんと、干場さん(ぶんさんのお友達)と、その息子さん親子3代で登場!

「あ、どもー^^)」

検査の為、お父さんを病院へ連れて行ったその合間にこちらに顔を出して下さったようだ。「そういうタイミングだし、ご飯をするのもちょっとねぇ、、じゃ、仕切りなおしましょ!後でもう一度伺いますね~!」「お待ちしてます~」とりあえず、先に挨拶をすませたあと、17時に再度会う約束をしてお別れ。わしは車に戻り、PCをたたく。

8割、9割書きあがった頃、再び登場。今度は干場さんお一人のようだ。「もう少しだけお時間を頂けますか、、(汗)」大急ぎで残りを片付けた後、干場さんの車へ移動。

「実はエステやってる私の友達も声をかけているんですー、もうそろそろ終わるんでちょっと行ってみましょう」軽くドライブで時間を過ごしたあと店に到着。

「こちらハヤシミユキさんです」「どもー!」おぉ!”元気なお姉さん”登場。一気にペースを持ってかれました(嵐のヨカン・・・)すぐ近くの松尾ジンギスカンに入店。

「沖縄のメシは全部うまくないな!食ってもすぐ(吐きすてる仕草をして)ブブー!だな」みゆきさんトーク爆発。トークがめちゃ面白い。徐々に干場さんの同調しはじめ、”ネタか?”と思えるような二人の北海道弁早口トークが始まった。会話の理解度もだんだんと低下し、途中「今なんて言ったんです?」と割り込んでは聞きまくり。笑いっぱなしで店をでた。

今日はたまたま干場さんの実家がある上砂川町内でビール祭りがあるそうだ。さっきお会いしたお母さんは知り合いの店の店番を頼まれていたので様子を見に3人乗り込む。

よく分からないが、お母さんが用意してくれたチケット3枚で入場できたと思えば、おでん、ビール、ウィンナー、焼き鳥などなど、敷地内のその中のもの全部食い放題できる状態になってしまった。うわ、ジンギスカン食ってしまったからあんまり入らねよ!もったいね!と思っているとみゆきサン。帰る頃には「明日のメシにしたらいいよ!」と、いつの間にかウィンナーとちくわを包んでくれていた。あらやらしっ!感謝です。

早口であたまグルグル。なんかよく分からないうちに腹いっぱいになって帰ってきた日でした。

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1枚目:元祖!松尾ジンギスカン
2枚目:ゴチになりやす!(ToT)
3枚目:コワそうな写りだけど正反対
4枚目:こんな感じです。オモロ~!
5枚目:町内会の祭りに参加!
6枚目:このハートはイッタイ、、、
7枚目:干場ママと干場さんとみゆきサン

バピューンっと下川町まで南下

2003 年 7 月 29 日 火曜日

大急ぎだったが最北端へ到達した!これで往路を一応終えたことになるかな。さて、札幌へ向けて急ぎで南下だ!今日は下川町まで行くぞ!

昼前、稚内郵便局で受け取った”旅人 長田一”宛ての局留めの封筒にはしっかり「マグロ在中」と書かれている(笑)さすが島姉さんダ。郵便局の駐車場で早速、ズバッと全裸で!、、いやいや、上着を脱いで待ちに待った”大間Tシャツ”へ着替える・・

先日、青森の最北端、大間でお会いした島さんは”大間を「一流の田舎」に!”をキャッチフレーズに町おこしをする「あおぞら組」の代表で「もっと多くの人に大間を知ってもらおう!」と大間のオリジナルTシャツを作成、それを着てさまざまな場所で写真を取りまくろうという企画を立てたのだ。Tシャツを着て撮影する人は「ゾーショッカー(増殖ッカーね)」と呼ばれるらしく、”君も旅してるならば!ぜひ!”とワシも仲間に入れてもらったのだ!「アイムアZO-SHOCKER!ヒーィ、ヒーィッ!」イケてるTシャツを着てゴキゲン!175Rの曲を爆唱しながらもう一度宗谷岬へ向かった!いくぞ!ダァーーーー!

「・・・あ、あのぉ・・・写真ヲ・・・このロゴをメインぽく・・・」心が小さい者と書いて小心者。そんな自分に自己嫌悪。観光客がぞろぞろと撮影の順番待ちをしている中、照れが入ってしまった。。が!なんとか撮影を終える。あと宗谷岬であとやるべきことは・・・

・・・昭和20年8月20日。樺太へ上陸してきたソ連軍によって戦火と化した真岡郵便局。その中で交換台へ向かった九人の乙女は最後まで職場を守り、最後は青酸カリを飲み自ら命を絶つ・・・(碑文参考)東京でお世話になった沖縄初の映画監督、新城監督に見せて頂いた映画「氷雪の門」で初めてその存在を知った。”北のひめゆり”と言われるこの事実は沖縄のひめゆりと同じく忘れてはいけない事である。短い時間ではあったが、うっすら遠くに見える樺太(サハリン)を見てしっかり心に刻んだ。

「、、っと!ゆっくりも出来ない(涙)急がねば!!遅刻だ!!」車に乗り込み大急ぎで南下、名寄市へ向かう・・・

東京に居た頃、雑誌の取材を受けたとき、記事を書いて下さった齊藤さん。その取材当日、齊藤さんと一緒にいらしてたお友達の吉田さんが昨日から北海道に入っておられる。200キロの道を(違反せん程度にね)かっとばし「お待たせしました~m(_ _)m」祝!再会!ほんと待たせてしまいました。。スイマセン!

我孫子(あびこ)さんはアニキつながりで紹介して頂いた方で、名寄市の隣、下川町に住んでおられる。実は今晩、我孫子さんとも会う予定になっていたので、「3人一緒に会ってしまえー!」と事前に吉田さんの参加もお願いしていた。(←遅刻したコトをタナアゲして都合よくまとめてやがるワシ)近くのセイコーマートで待ち合わせる。「はじめまして~^^」「はじめましてえ!」感じの良い方だ^^。我孫子サン宅へ向かった。

吉田さんはこれまで何度も北海道に出かけていて、カナリお詳しい。おつまみをつつきながら、これまでの旅のデジカメ画像に二人”ヘ~!ホオー!”とうなる。乗っていたバイクにもいろいろ工夫を凝らしていたなぁ。旅に出て1年たつがまだまだ勉強することが多い。ていうかワシの学習能力に問題アリだな。うん。しかし、齊藤さんのお友達だ。改造好きだよな~、、ククク。

「あ!そうなんですか!スゴイー!!」我孫子さんはあの松下政経塾の卒塾生だった。競争率がカナリ高いと聞いていて”どんな方が”ととても興味があっただけに、これは嬉しい!「沖縄のラジオ局、”FM那覇”にも知り合いの卒塾生がいますよ」と。うんうん。沖縄に居た頃、ちょこっとウワサを聞いたことがあったが、知り合いとは、せまいなぁホント。

長い夜は続く・・・

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1枚目:島姉さんからブツが届いた!
2枚目:”マグロ”在中(笑)
3枚目:大間T、日本最北端に立つ!
4枚目:氷雪の門
5枚目:真岡郵便局員、最後の一言。。。
6枚目:下川町に万里の長城!?
7枚目:五味温泉。露天サイコーでした!
8枚目:我孫子さん(左)と吉田さん(中央)
9枚目:我孫子さんと、二人酔ってますはい。

日本最北端、宗谷岬へ立つ

2003 年 7 月 28 日 月曜日

夢にまで見た日本最北端、宗谷岬へ。長かったななぁ。

昨晩皆でダベった寮の1Fで目覚め。皆はまだ2Fでお休み中か?トイレに入りテレビを見ながらまったりとしていると、ぼちぼちとメンバーが降りてきた、そして徐々に出勤前の慌しい雰囲気に。「いってらっさい!」見送るワシ。たいちゃんもぼちぼち降りてきた。今日は9時出勤で少し余裕がある。いっしょにまったり~

「どもー」しばらくするとナオミちゃんがやってきた。今日はたまたま月1の休み(少なっ!)らしく、車でワシを案内してもらうことになっていた。9時が近づき、たいちゃんも出勤、「じゃあ帰りの船に乗る前に店に顔だすからね~」たいちゃんを見送ったあと。「では行きますか」ジムニーに乗り込み出発!

やっぱ小さいなぁ^^あっという間に島の最北端へ到着(笑)その先の無人島「トド島」を撮影する。「天気がネェ・・・」とナオミちゃん。今日は残念ながら曇っている。淡い色で浮かぶ島は少し寂しげな感じがした。

少しだけ晴れ間が覗いたかな?次に向かった澄海岬では割といい絵が撮れた。さっきの最北端でもそうだったが、風が強く、寒い!とても7月下旬とは思えない気温なのだ。服装がぜんぜん夏でないの!

南下する途中、ホッケのすり身をフライしてはさんだ、ナオミちゃんオススメの”ホッケドッグ”を買った。

桃岩と猫岩を見た後、ラストは地蔵岩。そこはウニ丼が安く食べられるそうだ。量の割りに1300円は普通のメシでいえばちょっと高い気もするが、島内のウニ丼の相場が3,000円、店によっては4,500円という信じられない値段の中のこの価格はかなり良心的と言えよう。ナオミちゃんは「ウニは職場で食べてるし」とホタテ丼を注文。ワシはウニ・ホタテの味を知りたかったので一緒に乗ったウニホタテ丼を注文。さっき買ったホッケドッグを半分こしてメシった。

稚内への船の出港は13時ちょい。港へは30分位前に到着。ターミナル2Fで忙しくしているたいちゃんにスキを見て合図「またね!今度は旅先で会おう!」再会を誓い大繁盛のお店「武ちゃん」を出る。

ターミナルでチケットを買うとき、ダメもとで話してみたところ、昨日はダメだったが、今回は折りたたみのチャリも手荷物扱いでOKしてくれた。イェイ!「ほいじゃナオミちゃん!またいつかどこかで!」1日デート付き合ってもらってありがとね。たたんだ自転車を片手に船に乗り込み出港。利尻島→礼文島の30時間の旅が終わった。

出港から1時間くらいだろうか。途中眠気が襲い仮眠。起きたときには稚内到着直前だった。「あっという間ダナ・・」船を降りた。

「さあ、いよいよだ」最北端を拝むときが近づいてきた。宗谷岬へ向かう途中、少し緊張気味のワシ。出発前からずっと想像していたシーンだ。海、丘、道、シンプルな風景の中を走らすシーンは、海と丘が左右逆だった点を除けば空想してたイメージにかなり近いな。いよいよだ。

18時半、カメラで動画を撮影しながら静かに駐車場へ。奥には三角の碑が見える。ついに到達。夢にまで見た日本最北端、宗谷岬だ。ここに立つためにひたすら北上してきたのだ。感極まって他の数名の客に見られないようこっそり碑の裏で涙をにじます。

「今日くらいはいいじゃないか」電波は入らないが、今日はここで寝ることにした。

到達の瞬間ちょっと涙したものの、正直、思った以上の感動はなかったかもしれない。が、深くこの瞬間は体に刻まれ、今後何度も思い出されることになるだろう。

”2003/07/28 18:36 長田一、宗谷岬に立つ”
フツーだった自分の歴史に金字塔を打ち立てた瞬間なのだから。

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1枚目:たいちゃん出勤前
2枚目:ナオミちゃんと島デート
3枚目:トド島。とどとーて読むんかな?
4枚目:澄海(すかい))岬。キレイよ!
5枚目:桃岩、中央に種っぽいのも見えます
6枚目:猫岩。海を眺めているように見える
7枚目:ホッケドッグとウニホタテ丼
8枚目:礼文島を後に。みんなありがとねい!
9枚目:日本最北端、宗谷岬へ到達。

日本最北端宗谷岬へ到達

2003 年 7 月 28 日 月曜日

2003年5月27日に出発してからから428日目の2003年7月28日18時36分、1年2ヶ月後に日本最北端、宗谷岬へ到達。これまでお世話になった皆様へ感謝。

ですが、まだ「折り返し地点」これから最終目的地、沖縄へ戻りやす。