辛い決断
2004 年 12 月 23 日 木曜日先日、沖縄の姉貴から入ったメールで帰ってくるように宣告を受けたワシはその事を頭の隅に追いやったままいずれ向かい合わなくてはならない問題から束の間の「逃避」で日々過ごしていた。しかし今朝ついに・・・
「あー!疲れたぁぁ!!」
朝8時半。初勤務を終え帰宅したワシは疲労困憊。とくに作業が忙しかった訳ではないが、慣れない時間帯での勤務に睡魔が頭を覆っていた。しかし、休みたい気持ちとは裏腹に体の興奮状態がおさまらずなかなか寝られず。しばらく布団に座り込み、眠いながらも一仕事終えた充実感に浸っていた。
”♪~”
この時間では珍しい着信だった
「もしもしー!とーちゃん、おはよう」
「、、、あぁ、、、ハジメ、、おはよ、、、とーちゃんだけど、、、」
かすれた上、言葉全てに「濁点」がついたような、そんな声が聞こえてきた。
”、、、「さっき病院から戻ってきたんだけど」、、、”
その声を聞いたワシの胸は急速に脈打ち、数日前の姉貴からの電話を思い出していた
、、、「とーちゃんは知らないんだけど、、、」最近ずっと寝込んでいる親父を姉貴が病院に連れて行く事になり、午後、その結果を知らせる電話をもらった。独り身の寂しさから酒を友にするようになっていた親父の体は少しずつ蝕まれていて、診断はアルコールが原因の肝硬変。「もしこのままの状態(飲み続けること)が続けば『余命が半年も無い』って、、、」姉貴の動揺は手に取るように分かった。「そうか、分かったよ、、、」息苦しくなったワシは返事少なく電話を切っていた、、、
「ハジメゲン、キか?、、、イマ、ナガノか?、、、ゴハ、ンべたか?、、、」
他愛も無い内容。わざわざ朝にかけてくる会話ではない。しかし、ワシにとってはその不自然さがかえって親父の異常事態を思わせることになり、加速度的にワシの不安を大きく掻きたてた。そして、、、ワシの中で何かが切れた、、、
「3月には帰ることにしたよ」
その一言がある種の延命処置に思えたワシのとっさの一言だった。
「、、、何かあったのか?、、、とーちゃんダイジョウブ、だからね?」
スローな口調の中からも親父の動揺が伝わった。
何よりも子供達を優先し気遣う親父は、ワシの心理を読み、胸を痛めていたのだ。
「いや、別にこっちはダイジョウブだから、、、うん。とーちゃんもちゃんと休んでね、、じゃーね」
帰る事を伝えるだけで精一杯。ワシは受話器を切った。その1分後、
”♪~”
「はい、、、」
「ハジメ聞いて、、、とーちゃんダイジョウブだからね、、、自分の選んだ道だから、、、ダイジョウブだから、、、」
「うん。いいよ、実は帰ろうと思ってたから。ダイジョウブだよ」
ただでさえ体がしんどい親父に心労までさせてしまっている自分を呪った
「じゃあね。はい、、、」
受話器を切り、横で心配そうに見ている顔に向かって一言
「美幸ちゃん、オレ沖縄帰るわ、、、」
「、、、そか。わかったよ」
ワシは今言った言葉を自身に突き刺すべく姉貴に電話をした。
「待たせたね。3月くらいになると思うけど、帰る決心したから、、、今度はホントに、、うん、今までアリガトウ」
今まで言えなかった言葉が信じられないほどに流れ出ていた。同時に、淡々と電話で話すワシの心の中でも大量の涙が流れ出ていた
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1枚目:初勤務から戻った直後
2枚目:乗鞍へ行く途中の景色、その1
3枚目:乗鞍へ行く途中の景色、その2
4枚目:乗鞍へ行く途中の景色、その3
5枚目:千葉から救援物資!
6枚目:お!オリジナル携帯ストラップ♪
7枚目:お隣さんからケーキを頂いた
