AM6:30フェリーにのり熊本を抜け約1時間揺られて島原に到着。市役所で島原市の観光マップをGETし近くにある島原城へ向かう。
途中でステンレスの棒に乗り上げてしまい、車の内側でかかってしまい、前にも後ろにも進まなくなってしまった。釣り針状態。一方通行の細い道だったので、車が詰まり、人も集まり、長田ピンチ!!
島原市の皆様ホントサイコー!いやな顔ひとつせず、力を合わせ棒をよけて下さいました。しかも冷やしそうめんをご馳走になり、「泊まってく?」とまで。涙物です。このご恩は忘れません!ありがとう!
普賢岳を近くで見ることができるコースを通り、再接近。湯布院の由布岳とは対照的な印象を受ける。噴火当時のことを想像し身震う。
当時、普賢岳の近くにあった小学校へも行ってみた。小学校自体は移転されたが、校舎は残されていた。校庭までは入れたので近くに寄って校舎を覗き込む。本当にそのまま?と思うくらいさっぱりしていた。もうすこし焼け残りがあるかとおもったが、ことごとく可燃物は消滅していた。火砕流で燃えきってしまっていたのだ。ガラスが溶けて先が丸まっていたことからその凄まじさを伺える。
近くで土石流に埋まった家を現状のままで記念館として公開していた。地面に屋根をポンと置いたようにも見えるくらいきれいに1階部分が隠れていた。
とても、町全体に活気があって元気をいただきました。島原は復活を遂げていた!。
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1枚目:フェリーから見た普賢岳
2枚目:車をよけて下さった橋本さんとお母様
3枚目:再接近!
4枚目:焼けてしまった小学校と普賢岳
5枚目:資料としてそのままの状態で残された家