牟婁郡(むろのこおり)地名考

和歌山県の西牟婁郡に閉じこめられているようだが、牟婁(ムロ)という難地名について。
 和歌山に東西の牟婁郡というのがあるのは知らなかった。しかしどこかで聞いた覚えはある。調べてみると、足下暗し、自分のサイトhttp://www.setouchi.ac.jp/~dnagoh/に・・。以下は、そのメニュー「百襲姫和讃」本文の一部125行から。なお冒頭の当社とは讃岐の水主神社、三所は熊野三所権現(本宮、新宮、那智)のこと

125 当社の三所を御熊野(みくまの)と
126 同体なりとは伊弉冉(いざなみ)の
127 五行生(あ)れますその中に
128 火の神猛(たけ)く不祥さがなくて  
129 焔に当たりて魂(たま)去りぬ
130 仮に火の神嫌(いと)わしく
131 水を床しくおぼしても
132 末世の衆生の例(ためし)なり
133 有漏(うろ)の浮世を物とせず
134 紀伊国(きのくに)無漏むろの郡なる
135 有馬の村や音無(おとなし)の
136 備えの里に葬(おさ)めます
137 和光は神武の頃とかや・・・以下略

134行目の「紀伊国(きのくに)無漏(むろ)の郡なる」
からすると、明らかに牟婁郡は無漏郡とも書かれた。というよりこの方に元の意味がある。
 では、無漏とは? 仏教語で、「漏」は煩悩(ぼんのう)の意であるから、無漏は煩悩のない境地のこと。熊野信仰は仏教に習合した神道のはしりであるから、熊野の地名に仏教語が用いられたのは不自然でない。熊野さんを信仰すれば悩みから開放されるよ、そのための中心地がここ熊野、ムロの里ということであろう。
 ところで沖縄のヤマト的神社は琉球八社と云われ、時代の新しい安里八幡を除く七社(波上宮・沖宮・識名宮・普天間宮・末吉宮・天久宮・金武宮)は、全て熊野権現である。つまり、ある時代の沖縄の信仰は、熊野信仰であった。ここに沖縄とヤマトの関係を解く鍵の一つがある。その意味で熊野信仰や、中・四国の百襲姫、あるいはその父孝霊天皇信仰の解明は重要である。地名には失われた歴史が秘められていることをあらためて感じる次第。(889字)

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